犬のこと

いつも留守番ばかりさせているが、大事な共同生活者。ここにきてチャコの具合が悪くなって、後ろの足腰がまったく立たなくなった。帰宅後、慌てて医者に連れて行く。夜間の宿直医では正確なところはわからなかったが、三半規管や脳に問題があり、目眩によって平衡感覚が失われているとのことだった。翌日、担当医に診察を受けた結果、やはり同じ診断で、まだ若いので2週間もすれば元通りになるとのこと。ホッとした。しかし犬にもこんな病気があるのかと思った。レントゲンも取ったが、尿道結石があることも判明。目眩が収まったら、こちらは手術をするかもしれない。。。

My friends

ハナは相変わらず元気。


違う領域

物欲に振り回されすぎている自分に反省。新しい物を買っても、結局、買う前は欲しい、欲しいと気持ちを煽られるけど、買ってしまうと何か冷めてしまう。そんなことの繰り返し。もっとじっくり良い物を長く使い込みたいと思う。

有名ブロガーのブログを読んでいて資本主義に振り回されない領域を持つことの重要性を説いたものがあった。自分の好きなゴルフとか車とかは資本主義、商業主義の象徴のようなもの。自分の職業も他人の儲けを勘定するという仕事。もはや骨の髄までそれに浸かってしまっているような感じだが、それに完全に乗ってしまうことによる抵抗や疲れが一方にある。もともと根っからの商人にはなれない性分、金勘定よりもプロの現場に、常在戦場よろしく、いたいと思う。

現代は何事もゼニ、カネに結びつく時代。それとは一線を画して今あるもの、今の生活を大事にするという領域が、たとえ、自分の一部分であっても必要なのだと、ブログを読んでいて、改めて思った。

フリッカーにまた戻る

なんかインスタグラムの画像もイマイチ。
フリッカーに戻りたくなる。

スマホで写真撮ってブログを書くことが多い自分には、スマホから直接、写真をアップロードするアプリがないとフリッカーは使い勝手が悪かった。純正アプリだとできるが、タイや日本の正規サイトからだとダウンロードできない。フリッカーは日本語サイトもなく、ヤフーアカウントも.comアカウントが必要等、もともとアメリカしか考えていないサービスだが、今回、いろいろ検索して裏ワザでダウンロードする方法を見つけた。(野良ショップを使う方法)

ついに成功。\(^o^)/
これで直接アップロード可能となった。ただ結局、このアプリでも写真貼り付けのHTMLタグは取得できないことが判明。(´・ω・`)  

いろいろ試したが、この部分はPCでやる以外無いようだ。取得サポートするアプリとかないのかな。。。

それでも作業がだいぶ簡素化されることに間違いはない。

ということで元に戻ります。。。

インスタグラム貼付チェック

日本では売っていないようだが、GALAXY NOTE4を買った。サムソンさんは流石に日本人には意地悪?で日本語メニューを工場出荷段階では選べない。(^_^;) 正確には中に入っているが呼び出せない。。。以前は、単にアプリをダウンロードするだけで、呼び出すことができたが、NOTE4になってアプリだけでは呼び出せなくなった。設定方法を説明しているWebサイトを頼りに、PCに接続してアンドロイド開発者向けのソフトをインストールし、コマンドプロンプトでコマンドを叩いてやっとブロックが解除できる。なんでこんなに厳しいブロックをかけるのか全く理解できない。。周りのタイ在住日本人は日本語設定が難しいためサムソンの端末を使わない人も多い。

半日かけてようやく使えるようになったNOTE4。1600万画素のカメラを背面に搭載しているため、望遠を多用しない限りゴルフ用のカメラはもうこれで十分な感じ。今後はインスタグラムで貼付ていこうか検討中。以下、貼付テスト。悪くない感じ。

miss blue sky. raining now at Bangkok.

@rakrungthepが投稿した写真 -




กิบกาแฟทีบระจำ

@rakrungthepが投稿した写真 -




フリッカーも良いのだが、こちらは公式アプリがUS以外ではインストールできない。これも何でなのかよくわかない。皆さんいろいろ事情があるようで。。他のフリッカーアプリも使ったが、携帯アップロードの使い勝手が悪い。結局、携帯からSNS兼用でアップロードするにはインスタグラムが一番よいかという感じになった。

日本再帰国

父が危篤となり、先週、緊急に帰国した。その週末に療養先の病院で他界した。74歳だった。すでに末期ガンであることは本人も承知しており、9月帰国時に、もはや生きて会うことはあるまいと心の中で別れをつぶやいていたが、何とか間に合った。抗ガン剤治療も諦め、いわゆる療養治療に切り替えたばかりだった。若い頃、自分たち子供のことばかりに金を使い、やりたいこともできなかった。もう少し生きて、好きなことをしてもらいたかったが、気持ちはともかく身体は、ガン細胞の暴走を止めることができなかった。

その後、通夜や葬儀の準備に追われた。儀式自身は日本的な究極の形式美で、美しいと思った。何十年かぶりに泣いた。美しい儀式の中で日本では失われつつある、何か昔のシンプルな家庭、社会の有り様に戻った気がした。今の世の中、複雑になりすぎて大元の人間本来の有り様が希薄になってしまった気がする。日常、仕事や煩わしいことに忙殺されているが、その大元に立ち返ればあまり意味のないことなのではないか、、、そんなことを思った。

生に意味らしいものを見出さなければ、今を生き続けることは難しい。理屈ではわかっても、葬儀が終わったばかりの今は心に虚しさだけが残っている。

すでにバンコクに戻った。あっという間だった。明日から仕事。余計なことを考えないよう忙殺、埋没する。
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